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「~新しい試み~育苗を始めました。」 [田舎生活]

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(育てた黒米の苗の一部は芦生自然学校のイベントで子供たちと手植えしました。)

 新しい試み。大きい事だけじゃなくて小さなことでも、常に何か新しいことを始
めるのはとっても大切だと思う。僕の場合、何を始めるかはあまり気負いの無い日
々の中で、ふっとその気になったり、自然とタイミングが来たりする事が多い。そ
うして無理なく始める新しい試みは、大変な労働だったり失敗する事も多いけど、
やっぱりワクワクする気持ちが生まれてくるので楽しいと感じる事ができる。

 この春の新しい試みは稲の育苗だ。いろんなタイミングが重なって、まさに始め
るべくして始まったように思う。

 今までは稲の苗は育苗をしている近くの農家で作業を多少の手伝いはしたものの、
基本的には購入していた。でも育苗は高齢者にとっては重労働もあるので、身近に
していた田歌の農家でも多くの人が育苗を止めてしまった。そう、いよいよ地域の
中でも自分たちが主力として農業に取り組まなくては、田歌から田んぼが無くなる
?という時期が来てしまっているのだ。米という絶対的な主食に於いては、身近な
輪の中ですべての行程を成立させなければならないと思う。いままでは「農業初心
者」扱いで、アドバイスを受けながら何とかそれらしく農業をしていれば良かった
自分たちだけど、そろそろしっかりと田舎の農業を受け継ぐ技術と知識を身に付け
なくてはならない。
 
 そんな風に育苗についても意識をしていたら、使わなくなったビニールハウスか
ら育苗器にいたるまで、あらゆる備品をご近所からお下がりで頂いて、すっかり無
償で育苗設備が整った。さらには近くのおばさんの特別講師付きで、すっかり何も
かもお世話になりながら、田歌舎の稲の育苗がスタートした。そうして無事に育っ
た自家製の赤米や黒米の苗は今週ですべて田植えが完了する。

 来年は白米も含めたすべての苗作りから自給をし、無農薬米作りもまさに満を持
してスタートすることになる。いろんな準備が整ってきたので、不安というよりも
期待が多く、たった今こうやって文章を書いている事でもワクワクする気分がする。
まあ、無農薬米のことについてはまた今後報告する事にして・・・・。

 少し観点が変わるようだけど、食糧危機。
ずっとずっと前からこういう事態がやってくることは想像できていた。90%以上
も輸入に頼る大豆からできるのは味噌やしょう油などの日本人に無くてはならない
調味料。ひょっとしたら間もなくガソリンみたいな事になるかもしれない。
「だから大豆作りも始めよう。」
今年、少量やってみて、来年は大量に。味噌は数年前から嫁さんが作ってくれてい
るので、良い大豆を作れさえすれば少なくとも味噌は完全に自給だ。何とかなるぞ。
しょう油はまずはお遊び程度に実験してみよう。

 種を保存する事。
米の種籾もそうだけど、野菜の種や球根だって、町の流通に頼ってたら危ないぞ。
今年の黒米は自家保存の種籾で作れたので、来年からは他の種籾も野菜も自家採取
する種を積極的に使っていこう。なんとなくいつも新しい種を買っていたのだけど。
出来ないものもあるけれど、「出来るのにしてなかったもの」も沢山あるのだから。

 そんな感じで時代の流れを見ながらに、まあ無理なく、でも遅過ぎないようにはい
ろいろ試みていこう。流通に頼る事で、お金に頼る部分で出来ていた「買い物とい
う楽」は永久には続かないだろうから。
そういう風に心構えをしているから、食糧難になったって鯛のさしみの代わりにウ
グイの洗いを楽しもう。シシャモの代わりにアブラハエを食べよう。どっちも実際
美味しいのだから。

 日本の山野には食べるもので溢れている。
贅沢な野菜でなくとも贅沢な牛肉でなくとも、奪い合いさえしなければ食べれられ
るものは尽きないだろう。そんな時になって初めて土砂で埋まった渓谷に生き物を
取り戻すことの大切さに気付けるのかもしれない。

 多くの人に現実を受け止める心と、生活を切り替える勇気があれば、
日本はいつまでも豊かな国だ。

あ、、、、、酒も作らなあかんのか!?

「有害駆除・鹿解体・早春カヤック・子供XC??」 [田舎生活]

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 変なタイトルでドタバタ感を出してみたつもりだが・・・・・、

 さて、2月15日に一般の猟期が終わり、ほんの1週間の休息期間で狩猟以外の仕事をはかどらせつつ態勢を整えて、2月23日、いよいよ有害鳥獣駆除がスタートした。

 この時期は1年で最も鹿が獲れる、そして獲らなければならない時期だ。この頃になると雪質は真冬とは違ってきて固く締まって来る。鹿にとっては大変な雪で深い雪に足がはまり込みラッセルして進むにも重たくて大変なのだが、一方体重の軽い犬にとっては雪の上を沈まずに走れてしまうので、鹿よりも早く移動できるのだ。通常、犬よりも鹿のほうが足が速いのだけど、この時ばかりは状況が違ってくる。そんな状況で犬たちを放つとたちまち追い詰められた鹿が、谷や川へ逃げ落ちてくるので、それを猟師たちが狙い撃つのだ。この冬は2年ぶりのまとまった雪だったおかげもあって、僕の所属するグループでは1週間でなんとも89頭もの鹿が獲れてしまった。

 そうなると田歌舎の鹿剥き名人、美山に来て3回目の冬を迎えた倉光君の出番だ。倉光君が頑張ってくれるまでは獲れた鹿は勿論僕も含めた猟師たちの手で処理されなければならない。ここ数年、出来る限りの有効利用をしたいと僕自身も奮闘してきたのだが、どうしても狩猟数に解体が間に合わず腐らしてしまい、埋設処理されるものも多かったものだ。
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 でも今年は違う。倉光君は10日間鹿を剥き続けこと70頭。そして他の田歌舎スタッフたちもある時は鹿引っ張り、また大割りになった鹿の骨抜きをしたり、そして真空パックにして商品にするところまで頑張ってくれる。やっぱり倉光君同様に1日中鹿肉と奮闘だ。スタート後1週間経った3月2日には南丹市が要請する有害獣駆除の頭数制限を超したのでまずは「鹿との戦い」は終了した。その後、引き続き田歌舎では「鹿肉との戦い」だ。その翌週のほぼ1週間を掛けて、すべての鹿が解体され、パックされていった。

 そんな肉だらけの2週間が瞬く間に過ぎ去ると、いつの間にか春がそこまで来ているではないか。多目的棟の建築もぼちぼち加速が必要だ。間もなく雪が解けると畑が始る、田んぼが始る。そうしているまにGWに突入だ。ああ、また忙しい季節だなあ。なんだかまた気ぜわしくなってきたぞ・・・・。


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 でも春を迎えて増水した美山川を見ていたら、やっぱり忙しいけど行かねばならない。つい先日まで肉と奮闘していたスタッフたちとともに先日、早春の美山川カヤックを楽しんだ。芦生から田歌舎までの残雪の残る美しい渓谷はやっぱり最高に気持ちよかった。例年のようにオシドリとヤマセミにも出会えたし。


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 そして、先週末にはうちの然君(長男)をつれて、シーズン最後のXCスキーを楽しんだ。まあ、忙しい合間を縫ってでも遊ぶことも大切だ。いつも自分の好きな仕事をして日々充実しているつもりだけど、やっぱり単純に遊ぶということは大切な「別な何か」を思い出させてくれる気がする。

 忙しいのはいいんだけど、たまには「ホゲ~~」っとしないとね。

 頑張りすぎてるとあまりにも時が経つのが早く感じてちょっと嫌だしな。

「棟上げは立派なお祭りだった」 [田舎生活]




(重たい梁や桁。スタッフ男子たち、頑張っています。)




 2月11日 大安 晴天 午後3時過ぎより上棟式。  

ようやく棟上げにたどり着いた。昨年10月ごろよりスタッフたちと着工した多目的棟の新築。

当初の予定よりは遅れているとは言うものの、まあ予定は未定。初夏頃までには何とか使えそう

なペースで来たので良しとしよう。




 今回はご近所のおばさんや周辺の方々から




「餅撒きはいつや~。せなあかんで~!」

「そやそや。そら~せなあかんで。そら~餅まかな~あかん!!!」




などとたびたび言われるものだから、まあそうやって周りの人たちが気にかけてくれているとい

うことはありがたいことやし、餅米もいっぱいあることやし・・・・。

「ほんならいっぺん餅撒きっちゅうもんをやってみたろうやないけ。」

という事になった。




 餅まき用のお餅を皆で搗こうとスタッフたちの都合の合う日取りで準備をしていたら、前日の

自然学校のミーティングにて明日は仏滅だと判明。僕自身は信仰心があまりないので、棟上げの

当日はさすがに大安が良かろうけど餅つきの日くらいええやろ~、くらいに思っていたのだけど

・・・。




秀「仏滅についたそんな縁起の悪い餅なんか撒いたらあかんぞ。」

誉「え~!もう日にち決めてしもたのに・・・。」

秀「そんなもん日にち変え~~!。」

誉「え~、そや!また来週イベントで餅つきするし、その時に搗いたっちゅうことにしたら」

秀「あほ!!あかん!!!」

誉「え~~~・・・・・・・・・・。」




 あえなく1月24日に搗かれた「仏滅餅」は田歌舎の商品として各店舗などへ。2月3日の友

引の日に改めて餅まき用のお餅を無事つくことが出来た。 




 そうしてそんな感じにあ~でもないこ~でもないと、悩みつつも何とか上棟式の備品(御供え

物など)が準備されていく。そして数個ずつ入ったお餅の袋が200袋近く用意され、おそらく

は準備万端で棟上げ当日を迎える。

 

 朝7時半。田歌舎スタッフ5名が勢ぞろい。自然学校の秀さんも応援に駆けつけて、僕を含め

て総勢7名で2階部分からの建前がスタートした。同時に壁板も積み上げられていく板倉式の工

法では、建前では少し手間がかかるもの壁面も同時に完成していくのでみるみると建物らしくな

っていく。まま穏やかに、そして着々と進む中、お昼の1時を過ぎたくらいから、ちらほらとお

ばさんたちの姿が見え出してきた。このまま行けば何とか予定の3時には間に合いそうな感じで

いたそんな頃。一箇所で間違いが発覚。




秀「おい!棟梁!どないなっとんねん。これ高さ合わへんぞ!!」

誉「なんやこら。刻み間違てるやんけ!!」

(そんなこんなで現場が白熱しだしてきて間もなく)

おじさん1「おい。ど~や!手伝うたろか~~!!」

(返事を返すまでも無く間もなく現場に上がってきている)

誉「ほんならこっち頼んます。」

おじさん1「よっしゃお前ら!!その材こっち上げ~~!!!」

(お前ら=スタッフの男3名はあたふたしながらも頑張っている)

誉「とりあえず棟まで行ってまえ!!狂とるとこは後から直すわ~!!」

秀「ひゃ~仰山集まってきよった。こりゃ~慌てんなんぞ!!」

(見る見る30人以上の人だかりが・・・・・)




 後から思えばこの時点でもうお祭りは始っていたのね。

ほぼ3時丁度。何とか棟が上がり、間髪いれず嫁さんや女性スタッフの手で、お供えものなどが

2階へ次々と運び込まれる。進行表のカンニングペーパーを見るまでも無く、なし崩し的に上棟

式は独り歩きを始める。






(隅餅を取り分けている図。写真ではゆったり感が出ていますが、実際は?)




「棟梁!!御神酒を先飲まなあかん!!」

「隅餅を先撒くんや。トンカチでそこいらパン!!と鳴らしといて放るんやで。」

「鬼門どっちや!?」

「あっちや!!あっちは撒かへんねやろ。」

「せや!!」




(一同正座。二礼二拝一礼ののち自ら祝詞を読み上げる。)

「うにゃむにゃうにゃむにゃ*******かしこみかしこみ申す~~~。」

(再び二礼二拝一礼)




「よっしゃ。お前らも餅撒け!!!!!」

と途中参戦のおじさんの号令。

下からはおばさんたちの鋭い眼差しで

「ここに放ってや!!」




 200袋のお餅がえらい勢いで宙に舞う。わらわらと落ちる餅に群がる人だかりの中、大人に

肘鉄をくらい泣き出す子供や、頭上に餅を喰らい逃げ惑う人など・・・・・。そんな光景を上か

ら見下ろすのはめったに出来ないなかなか面白い経験だ。正直な所、いい気分でもある。

 そうして間もなく餅は撒ききられ、僕からの終了の挨拶、「ありがとうございました!!」の

一言を聞くや否や、「おめでとう!!」「ありがとう!!」とか言いながらも群集は瞬く間に去

っていった。




 さすが田舎のおじさんおばさん。撒くほうも受け取る方も全く慣れたもんだ。






(近所の人たちがたくさん集まってきました。よかったよかった。)




 人の波が去ったあと落ち着きを取り戻し、多少の手直しで間違っていた柱も正しく修正され、

夕方からは勢ぞろいの田歌舎スタッフと家族、そして自然学校の仲間たちとの祝宴が始った。




 結局の所お祭り好きな僕は、久々に心の底から笑い、深夜まで飲みまくり、そして誰よりも

しゃべりまくっていた。

 

「あ~~~楽しかったな~~。ほんま棟上げというのはお祭りやな~~。」


「犬とスタッフで朝練してます」 [狩猟・動物]




(まずは小鹿でしたがとにかく初日でました!!興奮がようやく冷めた犬たち。テコのほっぺには血がついています。)

 

 1月の仕事始めから、いつもより1時間早い7:30にスタッフたちは集まり、犬、スタッフ共々のトレーニングも兼ねて山の囲い込み猟をするのが日課になっている。

 

 まず地図を広げその日の猟場を決める。そして鹿がいるだろう「寝屋」の在処を想定して、そのポイントを囲い込むようにそれぞれ1人ずつ登る「待ち場」(逃げる鹿が通過する可能性の高い場所)を決める。そして犬を連れて行く人「勢子」はある程度鹿が潜んでいるだろうポイントに近づいたら無線で僕と連絡を取り合いながら、皆が待ち場に着いたのを見計らって犬を放してもらう。上手くいくと間もなく逃げる鹿が山域を取り囲んでいるスタッフたちの前を通過するという算段だ。鉄砲を持っているのは僕だけなので、僕の前に出てくれないかぎり狩猟にはならないのだけど、おおよそ毎回のように誰かの前を鹿が通過しており、特に至近距離で遭遇したスタッフたちはとても感激しているようだ。

 

 そうして一定の時間が経過したら、あらかじめ地図上で決めている山中のある場所に集合し、出来れば犬たちも回収して、お互い情報交換しながらまた別々のルートで山を下りる。当然ルートファインディング(地理勘)も鍛えられる。そんなプランを組んで毎朝山に入っているのだ。自由参加にもかかわらず毎回休まずスタッフたちはやってくる。すっかり日課となった朝練?の後、それぞれ10:00ごろから日々の業務に入る。僕の場合は引き続いて地元の猟友会での狩猟に出かける事も多い。そんな1月の生活だ。




 かつてのレオ(今は亡き)がいた時のようにイヌ1匹と僕だけで面白いように獲れるようなことが今ではなくなってしまったのだけど、今いる犬たちも日々慣れてきたのか、特に「マゴ」の成長が著しい。常に鼻を利かせて獣を探る様子はレオを彷彿させる。まだ若イヌなので、まだまだ判断力や勇敢さが足りないように感じるが、素質は十分だ。なんとか「マゴ+田歌舎スタッフ」で初日(初めての1頭)を出したいものだ。そして数年後にはレオのように活躍して欲しいな。


「マゴを求めて」 [狩猟・動物]




(ラブラドールとのハーフの「マゴ」は山も好きだが、人も好き?)




 先日、「マゴ」(犬)が失踪した。

間もなく1歳になるところだった。ようやく「本能」と「我」が出てきたようで、人になつくばかりでなく、獣の匂いに敏感に反応するようになり、気配を強く感じた時にはそれこそ猪突猛進に山に突き進み、ちょっと呼んだくらいでは無視して山に消えてしまう。

「さあいよいよ面白くなってきたな・・・」、そう思っていた矢先だった。




 1泊旅行くらいならば「田舎の犬」の場合はよくある話で、獣を深追いした挙句に山を越えて山向こうの集落に出てしまい、なんとなくよその家の優しいお方に誘われて軒先でお世話になっちゃった、なんて事もあるので、まずは考えられる方面に捜索にいったのだけど、発見できず。2日目も同様に考えられる方々をさらに広く見てまわったが消息なし。3日目になっていよいよヤバイな~ということに・・・。




 いよいよ本腰になり、山に張り巡らせられている鹿防除ネットなどの網に絡まっていないかと近辺の集落周りは見てまわったり、あるいは車に轢かれている可能性もあると、道際の土手を見て周ったり、さらには近所の人たちから目撃情報を聞きまわり、4日目にはいよいよ迷子犬チラシまで作って配ってまわって・・・。




 犬にも色々と個性があるもので、長年飼っているとだんだんとその犬の癖がわかってくるから、

「あの犬の事だからきっとこうだろう」という風に、だいたいの行動パターンが読めて、ありうる可能性を絞り込みやすくなるのだけど、マゴの場合はようやく1歳に近づきようやく個性が見えてきて、癖も何もこれからというところなので、正直な所行動が読み切れないところがあった。

 ただ、基本的に人懐っこい犬なので、山の中でずっと理由無く滞在している事はあり得ないだろうとは思えた。もし山の中だった場合なら、獣と格闘するなどして大怪我をしているか、もしくはネットなどに引っかかってると言う事が考えられる。ネットにかかったときに冷静に暴れずに呼び鳴きをしてくれる犬だといいのだけど、必死に暴れてしまう犬だとたちまち締まってしまい致命傷になってしまう。首が絞まってしまえば鳴き声に気付く間もなく「あの世行き」だ。まだ「マゴ」という犬がどっちの性格かが分からないので悪い方の可能性も否定できない。

 また、すでに人里に下りてきているとすれば、車に轢かれたか、知らない人に寄っていって「犬さらい」にあったかと言う事になるのだが・・・・。




 そうして当ての無いままの失踪後5日目の夕暮れ時、隣の集落のある家族が八が峰に山歩きに行ってきたら遠くの方から犬の声が聞こえると教えてくれた。声を聞いたという場所を詳しく教えてもらうと、なるほどそこから民家にいる犬の声はまず聞こえない奥山だし、獣を深追いすると田歌からでも十分行く可能性のある場所でも有るしこれはひょっとしたらひょっとするぞ・・・。

 一旦は夜は厳しいので翌日の早朝に探しにいこうと考えたが、日にちも経っている状況から考えて衰弱してもいるだろうし、明日も頑張って呼び鳴きをしてくれる保証はないし・・・、

「こりゃ今すぐ行っとかなあかんやろ」

そう思いたち、真っ暗の中、スタッフの原田くんを誘って共に装備をして、山中へ入る。




 まずは声を聞いたという場所へ向かって登山道をたどり、その辺りに来てから耳を澄ましてみると、なるほどたしかに遠くから犬の声が聞こえる。

 さあ、捜索本番だ。声を頼りに道無き斜面を進み、時おり立ち止まり耳を澄ませつつ、こちらからも呼びかけつつ進む。声のするほうへ向かっているはずなのに斜面を下ると間もなく声が聞こえなくなる。また登りなおし隣の尾根へ。

 そんなことを何度も繰り返しながら約2時間半、かなり広範囲に探ったにもかかわらずなかなか近づかない声に相当な距離感を感じた。そうして頭(記憶)にある周辺の山の地形にも思いをめぐらせて、ようやくどうも田歌の北側の尾根の奥、ほぼ頂上近くにいるのではないかということを突き止めることができた。そこならば、集落からはきっと声が届かないし、また今の場所からなかなか声が近づかない事や、斜面では聞こえず、尾根では声が届いてくる事にもうなずけた。




 そう結論付けたものの、流石に余りにも現場には距離があるので、その日は一旦家に戻ることにした。戻ってから地図を広げ、地形を確認し、推測が正しい事を確信しつつ就寝。

 翌朝6時、田歌舎スタッフ総勢で、その推測地点に向かった。

尾根近く、昨夜より一際大きな「呼び鳴き」が聞こえる。見事、その頂上に林業用ネットに絡まって「マゴ」はいた。

  「マゴ」は無傷だった。無理して暴れることをしない辛抱強い犬だった。

そうしてスタッフの歩さんが差し出すおにぎりを一飲みにして、ネットから外してやるや否や、元気に走り回る。




「犬っちゅうもんは強いな~~。5日も飲まず食わずでまだ元気あるんなんて、人間では考えられんな。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




 そうして無事、生還した「マゴ」ではあるがその後もたて続けに散歩中に失踪。一尾根越えて芦生の集落では缶詰を銜えてうろついている所をおばちゃんたちが捕獲。つい先日には福井県で現地の猟師によって捕獲。

「こりゃ逞しくてええこっちゃけど、狩猟する度に失踪されたら大変やで。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




 この冬にはしっかりと共に狩猟をしなくてはならない。ただ闇雲に追い続けて遠くへ行ってしまうのではなくて、人間の前に獣を追い出して撃ってもらうのが仕事だという事を覚えてもらわなくてはならない。

そのためには何度も狩猟を繰り返し、上手く行った時には「褒めて」「褒めて」を繰り返していって・・・・。

そうして「マゴ」との狩猟のパターンが出来、そして信頼関係が出来上がっていくはずだ。

 

まあ、何はともあれ雪の季節が楽しみになってきた。


「嬉しい報告」 [田舎生活]




(お題とは全く関係ないですが、今年もようやく獲れました!うなぎのおっさん2人)

 先日、突然、5年近く前に、我が家の建築の時に手伝ってくれていた伊奈君(いなっち)から連絡があった。

 彼は、直接の知り合いではなかったのだけど、ラフティングの仲間からのつてで、田舎暮らしや大工仕事に関心があり手伝いたいといってやってきた。まだトイレやお風呂ができる前、と言うか、そのお風呂棟の建築を手伝ってもらいながら田歌の雪深い冬の間をともに過ごした。そうして過ごしやすくなった春には、また次の目的(夢)のために去っていったのだけど・・・、




 雪かきから始まる大工仕事や、鹿獲りなど。まだ未完成の家で自分たち自身の生活がままならぬ中、一番厳しい季節にだけやってきてこき使われて・・・・・。

「良い経験という以上に大変だったろうな。」

「ちょっと申し訳なかったな。」

時々思い出してはそんな風に思っていた。




 その時よく彼が話していた「次は九州に行って漁師を経験して・・・」「将来にはペンションを開いて・・・。」と言う話。正直な所、その時は計画性が余り無い様に思えて、将来の生計を心配しながら聞いていたものだが、ほぼ5年ぶりの報告では、田歌を出た後、着々と次の計画(夢)を実現していき、今年の2月には現地人(九州の人)と結婚をして、同時に九州の人吉で民宿をスタートしたと言う事。電話口から聞こえる彼の九州なまりの言葉が、彼のその後の頑張りを現していた。




 早速ホームページを開いてみたら、中々アットホームな雰囲気とホスピタリティーが溢れる良さそうな民宿だ。人吉は僕自身も球磨川が好きだったり、知り合いがいたりで、九州で一番思い入れのある場所だ。そんな所に又頼もしい「つて」ができたと喜ばしい限りだ。また、近いうちに九州旅行に行きたい気持ちになる。




 そうした嬉しい報告があって・・・。






(さらにマイタケのおっさん2人もどうぞ)




 この秋、田歌舎のスタッフの洋平君が、彼も次の夢に向かってここを出ることが決まった。

偶然なのだけど、彼は九州の出身で、故郷で夢を実現したいということ。田歌舎のメンバーは皆それぞれの夢を持って集まってきているが、田歌舎がスタートしてから集まった研修生としてははじめての卒業生?だ。




「九州に戻ったら、まずは自分がここだと思える場所を探して・・・、」

「自分で土地を借りて農業をして・・・、」

「子供が好きだからいろんなイベントを開催して・・・・、」




そんな風な彼からも将来いい報告が聞ければいいな。




*いなっちの民宿「ピルミレンゲ」のホームページも是非ご覧下さい。 

 http://www6.ocn.ne.jp/~pinge/

九州に旅行の際には、日本3大急流の一つ、「球磨川」でラフティングを体験して、ぜひとも彼の宿をご利用下さい。焼酎は100種類もそろえているそうですよ!!


「アカショウビンと真夏の紅葉!?」 [環境]




(一見美しいただの田舎の夏の景色ですが、森の木々を見てみて下さい)

 毎年初夏の頃になると南の島からなんともトロピカルな美しい鳥が美山の森にやってくる。鳥の名はアカショウビンと言って、川の宝石と呼ばれるカワセミや白黒模様が愛らしいヤマセミなど仲間で、鳩よりも大きく全身が真っ赤でさらに赤色の濃い大きな嘴をしていてる。見かければ誰でも判別が出来る派手な鳥なのだが、ほとんどの時をうっそうと茂る薄暗い森の中で過ごしているので、まず姿を見ることが出来ない野鳥でもある。

 ただし意外と数多く生息しているようで、早朝や、雨天時になるとまるで電子音のような、かなりの大きな声でキョロロロロロロロロ~~~と鳴き、その鳴き声だけなら美山町内どこででも聞くことが出来るのだ。

この夏は会いたくて~会えなくて~♪♪ 憧れ続けたアカショウビンに二度も遭遇する事ができ、その美しい容姿にとても感動した。




 さて、そんな風にまだまだ嬉しい出会いや、感動を与えてくれる、一見豊かで、懐深い美山の森の中にも、一方では近年の温暖化や酸性雨による影響がでており、軽視できない自然環境の悪化が進んでいる。温暖化などに起因するナラ枯れ病、増えすぎたシカによる下層植物の食い荒らしは深刻なレベルで進んでいる。また急激になる一方の気候と下層植物の衰退の二重の原因から相当な表土の流出、頻繁な土砂崩落などが山中の各所で起っている。

 そしてそれは山だけの問題ではない。淵や瀬の連続の中で織り成す多様な地形こそが豊かな渓流の生き物の生息環境であるその渓谷や河川は年々土砂で埋まってきている。源流域では大岩、小岩が形成する「洞(うろ)」が必要なヤマメやアブラハエといった渓流魚は明らかに衰退し、また本流では鮎にかつてのような繁栄は見られず、年々悪化をたどる状況に漁協や釣り人は頭を抱えるばかりである。




 このような自然環境の悪化。それは急激でもあるし、決して軽視できるものではないレベルである。しかしながら、そこに暮らす人、また、関心を持って暮らしている人以外には、まだまだ見えない、いや、見たくない? 避けていれば見えずにすむ。そう、たった今のところは知ってもらいたくても、知らずにすんでしまっているレベルでもあったのだ。




 そうしていよいよこの夏、誰の目にも明らかな顕著な現象が、美山の山林に起っている。






(上の写真のどんぐり紅葉部。拡大です。下部の健全な森はおおよそ杉の植林です。)




「真夏に紅葉」が始った。




 山腹の各所が紅葉している。場所によっては山の斜面の3分の1ほどもそうなっている所もある。本来無関心であろう観光客ですら「もう紅葉が始ったのですか??」なんて相変らずトボけてはいるが、さすがに一応は「おかしいな???」とは思う状況である。




 実際のところはナラ枯れ病の蔓延が次のステージ(悪化の段階)に進んだのだ。




 5,6年前から知る人の中で騒がれ始めたナラ枯れ病は、ナラ(どんぐり)の仲間でもミズナラという比較的湿潤な谷周辺に多い種類にほぼ限定されて蔓延し、今では明らかに美山の森の50%以上のミズナラが枯れ、絶滅に向かっている。そのナラ枯れ病は一部の学者はミズナラにしか蔓延しないと言っていたにもかかわらず、ここ数年では、ミズナラ以外のナラ(どんぐり)の仲間、コナラ、クリなどにもうつり始めた。そうして今年、コナラのナラ枯れ病が大ブレークした。




 コナラは美山の森の中でおそらく最も多いどんぐり(ブナ科)の木である。全森林のなかでもかなりの割合を占めている木で、それが一気に枯れ始めたのだからさすがに誰の目にも明らかなほど、山がいたるところで赤茶けている。美山に来て、山を見上げれば、無知・無関心な人でも相当な人が気付くレベルだ。そうして、今はまだおおよそ健全に見えるアベマキやクリにも明らかに病原菌とそれを運ぶ害虫は進入しており、更にこの秋も、また来年も、この「異常な紅葉」は進行するはずだ。

 今年のこのブレークについては個人的な、勝手な見解ではあるが、記録的な小雪だった昨冬の暖冬により、本来一定数淘汰されるべき病源菌とそれを運ぶ害虫が生き残ってしまい、この夏にその繁殖、拡散とともに急激に蔓延したのではないか考えている。つまりこのナラ枯れ現象も温暖化の副産物だという事だ。




 さてちょっと観点を変えてみて・・・・、

だいたい美山では平均的な大きさの1枚(1a:20m*50mくらい)の田んぼからは約400キロのお米が収穫できる。年間で一人当たり平均約90キロを消費するので、4人家族ならば、1家族分+@の収穫に当たる。毎日毎日食べるお米なので、都会の人たちが根拠無く想像するだけでも相当な量だと想像されるだろうお米の生産は、意外にも思えるほど小さな面積でまかなえているのだ。本当にお米は偉大である。私たちはこの小さな田んぼと、とても優秀なお米という植物によって生命を支えられていると言っても過言ではない。




 お次は森のクマさん。

さて、1本のコナラからどれくらいのドングリが生産されるのだろう?

さすがに僕もはっきり想像がつかないし、また熊さんはどれくらいのドングリを必要としているのだろうかも知らないが、きっと田んぼと同じように相当な量を生産しているのだろうな・・・・・・・。




そして少なくともいま紅葉しているコナラにはドングリは出来ない。

(枯れる前に出来かけて、熟していないものは一定あるかもしれないが・・)




この紅葉する森を見るだけで、相当な量である事は容易に想像できる。

そうしてまた容易に想像できる事は、この秋の熊さんの「食糧難」だ。森の食料が不足すると、民家近くの柿やクリを目的に里に下りてくるのできっと今秋も恒例の「クマ騒ぎ」になるだろう。近年そういった状況が豊作凶作に応じてほぼ2年周期で繰り返されているが、学者が謳っていた生息数よりも多くのクマが出没し、またその生息数以上の熊たちが害獣として、駆除されている。また、この秋もそういった感じで日本の各地で害獣駆除される事だろう。そうしてある時、山のドングリとともにたくさんいるはずだったクマさんも姿を消してしまうのかもしれない。




 熊を守るためには熊を守るのではなくてドングリを守らなくてはならない。




 再びアカショウビン。

こいつらは基本的に小魚やサワガニまた、カタツムリなどが主食である。

下層植物の衰退により森林のカタツムリは減っているかもしれない。また、土砂に埋まる山間の小さな谷の魚たちも減っているだろう。

ただし、沢が埋まっているような所が得意なサワガニはむしろ増えているかもしれない。

また、早朝などには里にでて捕食活動をするので、里にはカタツムリも事欠かずいるはずだ。同じく広い流れにでればまだまだ魚にも事欠く事は無いだろう。そう考えると今のところその餌に事欠く事はなさそうでもある。




 一方、渡り鳥でもある彼らは冬はフィリピンからインドネシアの辺りで生活をしている。

そこにはまだまだボルネオ島のような原始的な森も多く存在し、事欠かず生活ができているかもしれない。が、やはり東南アジアも中国と同様に近代化が進み、かなりの開拓が進んでいるという。きっとその国々の人々の大半は、日本人の大勢と同じように、アカショウビンの事などは露知らず、近代化を受け入れ、より快適に暮らせる事に喜びを感じている事だろう。




 今はまだたくさんいるアカショウビン。

「ああ、近頃はあっちもこっちもすっかり棲みにくくなったな~~~。」と会話しているかどうかは知らないが、あと何か歯車が狂えば、突如としてこの美しく愛らしい鳥が、たった今のドングリの木々と同じように、この美山の森から消えうせてしまう。

そんな気がしてならない。


「前世は山女魚(ヤマメ)!?」 [雑感・日常]




(ヤマメを手づかみ!!)

 田歌舎や自然学校のスタッフたちと雑談をしていて、「実のある話」のネタが尽きてきた時に、私は霊感があるだの、だれそれの占いが当たるだの、前世がどうのこうのなどといった「あの世関連」の話題に及ぶ事がある。

 

 この手の話は基本的に「くだらない」と却下する僕ではあるが、「自分自身で特段の理由や動機が分からないにも関わらず、無性に愛着や、こだわりがあったり、はじめから得意、また不得手であったりする事柄などが前世に関わっている」というようなことを聞くと僕にも思い当たる節があるなと思うことがある。




 まあ前世では何者だったのかまでは分からないが僕の場合、「きれいな水」がキーワードになっている事は疑いようが無い。




 僕のアウトドアのキャリアを考えた時、激流でのラフティングガイドが大きなウェイトを占めているのだけど、ラフティングガイドになるも前には渓流魚(その中でも何故かアマゴでもイワナではなくてヤマメ)に憧れて、美山町での田舎暮らしがスタートしたのだ。

また、一時期、登山にもはまっていたが、やっぱり一番好きなルートは、シャワークライミング(当時は沢登りという言葉がスタンダードだった)から頂上を目指すルートだった。高瀬川から水又渓谷を上り詰めて、急峻な北鎌尾根を経て、槍ヶ岳に登った4泊5日の経験が今迄の登山暦の中でも一番いい思い出になっている。そうして現在、水のある様々ところで、様々な道具を使い、様々な遊びを案内するのが僕の仕事になっている。




 日常生活に於いても水にはやけに執着心というか愛着がある。

我が家の水は山中の湧き水を400m引いてきてでている。約1ヶ月間、仲間数名とともに山の斜面に道を作り、パイプを埋めて作った自家水道だ。一切濁ることは無く、また枯れる事も無く、水槽には常に大量の水が流れ込んでいる。そして家の周囲の溝には渓流から引き込まれた田んぼの用水が通っており、足元には常に清流が流れている。

さらに、西側徒歩30秒でにヤマメの棲む渓流(五波谷)があり、南側徒歩1分で清流美山川の本流が流れている。




 そんな恵まれた環境の中で、水槽や用水では野菜や道具を便利に洗ったり、谷では狩猟で獲れた鹿やイノシシを漬けておいたり、あるいは子供たちとヤマンダ(アブラハエ)やヤマメを釣ったり、本流ではうなぎやイダ(大ウグイ:「あらい」にするととても美味い))を突いたり、夏には汗を流しに本流で日々水浴びをする。




 どんなに激流でのラフティングにはまり込んでいても、ささやかな清い流れの愛着を失う事はなく、水槽に泳ぐヤマンダやドジョウを眺めているだけで幸せな気分になれる。また、今ではめったに渓流釣りをしなくなったけれど、ツアー中なんかに手づかみで捕れるたった一匹のヤマメとの出会いにはかつてと変わらず胸が躍る気分がする。






(このヤマメは大きかった!!)




 自給自足的な生活を送り、採集を好み、とにかく食べ物、食べる事が好きな自分ではあるが、以外にも猟欲は少ない部分がある。乱獲気味に山菜や渓流魚を捕った経験もあるにはあるが、基本的には「獲る」ということよりも「近くに有る」ということに喜びを感じるようだ。山菜も旬を楽しむ程度採り、食すが、それらが山野に繁栄している姿を見ているのが嬉しいし、趣味にしているフライフィッシングにしても、愛着あるヤマメが2・3匹も釣れれば満たされてしまい、そこにヤマメが居るということで、安心する思いがする。

 実の所、鹿、イノシシ猟でもそういう(猟欲の少ない)部分もある。ただ狩猟は経済的に仕事にしているし、鹿害の観点からも狩猟の必要があるので、「獲らなければ、売らなければ」という思いで、頑張っているのだが・・・・。

そんなこんなで僕の場合、猟欲が少ないからか、ただセンスが無いからだか分からないが、下手ではないけれど、いろいろな「もの捕り」(狩猟・採集)についてはいわゆる「達人」にはなれないでいる。




 「獲物(えもの)」は何でも嬉しいもので、美山に来てからというもの、ありとあらゆる山の幸、獲物と出会ってきた。可愛い動物達を問答無用で殺戮する僕ではあるが、なぜか「山女魚(ヤマメ)」に対してのいとおしいような特別の感情が変わることはない。自分でも不思議に思う。




 ただ、しっかりヤマメを美味しく頂いて(食べて)いるところを見ると前世が「山女魚(ヤマメ)」だったわけではないだろうが。


「夢について」 [アウトドア]




(こいつらの夢は??まだまだこれからだな)




 とある出版社からの依頼で「夢」というテーマで文章を書くことになったのだが。 

 

 20歳の頃、僕は少年時代からの「ミュージシャンになるという夢」から卒業し、自然の中で、自給自足的な田舎暮らしで生計を立てていこうと「新しい夢」をみつけた。そうして大学卒業後、間もなく美山町での暮らしがスタートした。




 12年以上たった今、僕は自然案内やスローフードレストランのお店「田歌舎」を経営するようになった。その頃想像した夢以上のいろいろなことが出来る自分がいて、やりがいのある仕事、生きがいのある生活をしている。だから僕は、すでに今「夢の中」にいると思っている。




 そして「夢」というか「こうしたい、こうありたいと思う目標」は尽きる事は無く、一つにたどり着いたらまた次と、無尽蔵に湧き出てくる。だから僕はきっと健康でさえあれば死ぬ間際まで「何かの夢」に向かって生きていくことが出来るだろう。全ての夢が達成される事はないとは分かっている。だからこそ死ぬ間際まで、夢を持てる訳だから、それが幸せな事だと思うし、そのようにずっと希望とやりがいを持って出来るだけ元気に長く、楽しく生きる事が出来たらいいなと思う。




 そして自分自身が幸せでいるためには、周りの人も幸せでないといけない。

自分ひとりだけの幸せなんてありえないわけで、周りの人たちと、共に働き、酒を飲み、笑い、励まし、励まされ・・・。出来るだけ周りにいる人たちも幸せであってほしい。それで自分ももっともっと幸せに生きる事が出来るのだから。




 だけど僕はきっとそんなにいい奴じゃないな、と思うこともある。

今、やりがいのある仕事で、確かにうまくいっているのだけど、最近ではとても忙しくて、心の中のゆとりが無い事も多くなってきた。一番側にいる家族にそのとばっちりがいってしまって、荒い言葉を投げつけてしまったりして申し訳ないなと思うことも多い。幸せな家族があって、その上で仲間たちや近所の人たちと一緒に笑えて・・・・。そういう夢をかなえようと頑張ってきたのだから、もっともっと優しくなれないと。もっともっと強い、大らかな心を持てたらいいのにな。






(こいつらも夢を見ている)




 世の中に対する夢。

「今は悪化する一方の地球・自然環境だけど、僕らの時代が一番悪い時代で、これからはかつての豊かな自然に向かって良くなっていくんだという希望と確信をもてるような時代が生きている内にやってきてくれる事。」




 自然を豊かにすることは決して自分だけでは出来ない。

むしろ、僕らの日常生活は悪くする方に加担しているようなものだ。

だからこそみんなで自然を守り、もっと豊かだったかつての姿へ少しでも戻せるように努力しようと思えるような、そんな価値観を共有できる社会になっていくことが大切で、そのことに対して一生涯を掛けて微力ながらも力を発揮できたらいいなと思う。




 そのために僕が出来る事。

素敵な自然体験をたくさんの人に体験してもらう事。

そうしてその人たちの心のほんのわずかでいいから何かの変化を、そして楽しくていい事をする勇気を与える事ができたらいいな。

自給自足的な僕たちの暮らしを多くの人に知ってもらうこと。

こんな暮らしで、生計を立てている人がいるのか知ってもらえれば、こういった暮らしを夢見る人たちに少しでも勇気を与える事が出来る。そして同じような暮らしをする仲間が1人でも増えてくれればいいな。

そう、そして日本中の仲間作り。

近い想いの人たちはいろんなところで頑張っている。そんな仲間たちと知り合うことで1人きりでは出来ない力を生み出す事が出来るから。




 1人ではほんのわずかな事だけしか出来ない。

でも、そのわずかな事がとても重要なことは決して忘れてはならない。

そのわずかな頑張りは思った以上に多くの人たちが見ているものだ。

そして、その「わずかな頑張り」に気付いてくれる人たちとはたいてい良い仲間になることが出来る。

そしてその人たちの存在が自分自身の励ましになり、もっと頑張る勇気を与えてくれるのだから。




 僕は現場で夢を見ている。

仲間達をつなぎ合わせてそれを大きな力に変えて社会に発信・発揮させていく事は、僕でない「他の人の夢」だと思っている。

「他の人の夢の中の大切な1人」になることが、僕の「夢の続き」にあるような気がする。

きっと人それぞれに役割りがあって、その役割りはやっぱり自分自身が楽しいと思えることであるはずで、僕の場合は田舎の生活のなかで出来ることを実践する事が僕の喜びであり、そして役割りでもあり、また夢でもある。

そして僕の夢と他の多くの人たちとの夢が重なり合ってこそ、全ての生き物が豊かで、意味のない争いが無い世の中、そんなまさに夢のような世の中に、ほんの少しは近づけるのではないだろうか。




 そんな人類の夢のほんのわずかな「+1」になれたなら、また自分自身でそう思えるように生きられたらなら、それで十分だと思っている。


「野鳥のお話」 [狩猟・動物]




(07年4月16日の唐戸渓谷。木々、歌い始める季節です)

 

 田歌での今年の初ツバメは3月末。昨年は4月7日とメモしてある。

農業の開始の合図とされる彼らの飛来。そんな所でも気候の変化を感じる事が出来るのだけど、それはさておき・・・。




 彼らは南の国フィリピンやラオスの方から「避暑のため?」に日本へやってきて、秋ごろには「避寒のため?」に南へと戻っていく。つまり彼らは熱い所も寒い所も嫌いな連中ということになる。で、熱帯を出てさわやかな日本にやってきたらさっそく巣作りを初めてせっせと子育てに励むのだ。




 我が家には新築のその年から「1つがいのカップル」がやってきた。今年はどうも「3カップル」に増えているようだ。日本では縁起が良いとされて、可愛くもあるので、いちいち糞受けの台まで作ってやって見守っている。そうして巣立ちをした後はあまり近くで見かけなくなる彼らだが、また南へ旅たつ直前になると少し逞しくなった姿を見せて何故か再び我が家周辺にやってくる。当然家主の俺に別れの挨拶をしている訳では無いだろう。ひょっとしたら庭木や電線に群がって、「来年またここへ来るんだよ」と親子で場所の確認をしているのかも知れない。それを「ツバメがお別れの挨拶しに来たよ」なんて子供たちに嘘をついてみたりして、私を含めた日本人たちは勝手にロマンチックに感じている。

 

 だが、南の島では事情が違うらしい。

日本で巣立った子供たちが全員無事で翌年我が家に嫁さん連れて帰ってきたら大変なことになるのだが、どうもそうならない理由にも人間が絡んでいるようだ。

 「南の国の住人たちはツバメを食うらしい・・・。」

すっかり人間は安心だと思って帰った子ツバメ達はうっかり南の住人たちにも気安く近寄るようで、そっちではツバメはコオロギやバッタ同様に大切な「タンパク源の一品目」と扱われている。きっと日本人がスズメを食うようなものだろう・・・・・・・・・・。

 

 

 さて気を取り直して・・・、サシバというタカの仲間(猛禽類)も3・4日前から姿を見せ始めた。彼らもまた日本では「夏鳥」(夏の間観られる鳥)とよばれ南のほうからやってくる「暑がりで寒がりの鳥」のようだ。「ピッックイ~~~」とトビの声より細く高い声で鳴き、良く聞こえるので姿を見つけるより先に鳴き声で気がつく事が出来る。で、空を見上げてみるとちょうどカラスくらいの大きさで羽をバタバタさせて飛んでいる姿を見つけることが出来、遠く旅をする鳥のわりにはあまり上手な飛び方に見えないのが面白い。




 タカの仲間にはトビ(通称トンビ)またオオタカなどのように留鳥といってずっと同じエリアで生活するものもいる。オオタカはふかふかな毛に覆われているので確かに日本の冬でも暖かそうだ。トビははるかに飛ぶのが上手いように見える(グライダー飛行が得意)ので、どこにでも旅に出てくれたらいいのだが、彼らは特に日本人が大好きなようで、トラクターの後を掘り起こされたミミズやカエルをあてにしてついて回ったり、生ゴミの捨て場や狩猟獣の残骸などを上手く見つけては、四季を通じて人間との共存を図っている。




 そういえば冬の間には「ミサゴ」という海に多い白いからだが美しい大型のタカが芦生の集落周辺に出没し、さすがに目立つその勇姿に野鳥好きでない人たちも騒いでいた。私たちは勝手に「ミサ子」と名づけて観察していたが、もう芦生を離れもとの海へ戻ったようだ。たまには川の魚を食べたくて来ていたのかもしれないが、日本語ではこういっためずらしいパターンで飛来した野鳥のことを「迷鳥」と呼ぶらしい。




「別に迷ってへんで。」

と、ミサ子は言いたいかもしれない。


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